若干古い話で恐縮ですが、東洋経済の2012年新年号で国債破綻に関する特集があり、私もインタビューを受けました。1時間+お昼ごはん分喋ったのですが、記事になったのはほんのわずか、しかも本旨にほとんど関係ない部分ばかりだったので(まあ、そんなものでしょうが)、ここで改めて概略を記載しておきたいと思います。テーマとしては既に様々に議論されているものですが、中にはかなり混乱した論調も見られるので、論点を整理するうえで参考にして頂ければと思います。

 

 まず、先に結論から示しておきます。

 日本の財政が破綻するかどうかについては、決して可能性は無視できないとは思いますが、今の時点で断定的なことを言うのは時期尚早だと思っています(この理由は後で述べます)。ちなみに、この場合の破綻とは、文字通り国債の元利金支払いが滞る事態に加えて、ハイパーインフレ、預金封鎖と特例的な資産課税(要するに資産の没収)などによる実質的な債務削減も含めるものとします。

 次に、財政危機が起きるかどうかということでいえば、起きるかどうかではなく、いつ起きるかの問題だと考えています。ちなみに、ここでは財政危機はとりあえず「国債への信用不安が起き、国債金利が急騰する事態」としておきましょう。

 

財政破綻の可能性は数字では測れない

 日本の国家債務残高のGDPに対する比率は昨年末で212%(OECDより)です。資産を除いた純債務残高ベースで見ても128%(同上)あります。これは持続不可能な水準に見えます。

 もっとも、こうした数字だけの議論は危険です。ギリシャなどは前者の数字では日本よりも良く、スペイン・イタリアはどちらの指標でも日本よりだいぶ良好です。だから日本は危ない、となりがちなのですが、単純にそう考えるのは早計というものでしょう。たとえばナポレオン戦争後と第二次世界大戦後のイギリスは債務残高ベースで現在の日本よりもはるかに悪い状況でしたが、破綻もせず、ハイパーインフレも起きませんでした。これらの事実が示しているのは、国家の破綻は必ずしも数字上の債務比率に応じて発生するものではないということです。(自己資本比率やデット・エクイティ・レシオは企業の信用評価で重要ですが、だからといって機械的にその数字に応じて企業破綻が発生するわけではないことと同様です。)

 イギリスの二つのケースでは、一時的な要因(戦争)によって債務残高が膨れ上がったものの、その後は財政の均衡状態がほぼ保たれ、経済成長と緩やかなインフレによって税収が伸び、長い時間をかけて債務比率が低下していきました。そうしたことが可能であるという信認が得られている場合は、たとえ数字が悪くても財政は破綻せず、財政危機も起きません。問題はそうした信認が得られるかどうかなのです。では、日本の場合はどうでしょうか。この点については、順次触れていきたいと思います。

 

財政破綻をめぐる間違った議論

 さて、財政破綻論をめぐってよく聞かれるのは、①日本には1,500兆円弱に上る家計金融資産がある、②国債の90%以上は国内で消化されている、③日本は経常黒字国であり、対外純債権国である、だから財政は破綻しないという議論です。

 これは、先ほどの数字だけの議論以上に危険で間違ったロジックだと言えるでしょう。これらのロジックの誤りは、国家財政を一家の家計に置き換えた単純な擬人化から来ているものと思われます。

 ①と②は一体のものですのでまとめて議論しましょう。あまりに基本的なことですが、家計と国家は別の経済主体です。家計がいくら資産を持っていても、それで政府の債務が消えることはありません。家計資産は国家のものではないからです。預金封鎖をして資産課税で没収すれば国庫に移転しますが、それは形を変えた破綻処理です。家計資産が財政を支えられるのは、国債への信認があり、家計が自らの判断で国債を買う場合のみです。

 現実には家計資産は銀行や保険会社に預けられ、これら金融機関が国債を買っているわけですが、それでも同じロジックが成り立ちます。金融機関は国家とは別物です。金融機関は自らの判断で国債を買うかどうかを判断しますので、やはり国債への信認がなければ国債は消化されません。国内の金融機関が国債を買っているから財政破綻は起きないというのは論理として成り立たないのです。第二次大戦後の日本では国債の保有者はほぼ国内投資家だけでしたが、やはり実質的な破綻は起きています。

 もちろん、いままで結果としてこうした要因が国債の需給を支えてきたのは事実です。家計はただひたすら銀行に預金をし、銀行はただひたすら横並びで国債を買ってきました。家計は、数々の銀行破綻を経験した今でも、(少なくとも大手銀行の)預金が毀損するというリスクを現実のものとしては感じていません。金融機関は、他に投資先がないという理由からか、あるいはサラリーマン的思考、集団思考、横並び志向などにより国債のリスクを見ずに投資しています。ちなみに、規制上も、また多くの金融機関の内部管理上も、国債の信用リスクはリスク管理の中で考慮されていません。こうした諸要因が国債に対する一種の疑似的な信認として機能していたといえるでしょう。

 こうした行動パターンが変化する兆しは今のところはっきりとは見られません。実際に危機が起きるまで、家計も金融機関もその行動パターンは全く何も変わらないかもしれません。ですが、これらの要因は今まで財政危機が起きなかった説明にはなっても、これから財政危機が起きない理由とはなり得ないものなのです。

 疑似的なものであれ、実態的なものであれ、何らかのきっかけで国債に対する信認が崩れれば、銀行なども自らを守るために国債を売らざるを得ず、しかも一斉に横並びに売ることになるでしょうから、国債暴落に拍車がかかり、危機を一層拡大させることになるでしょう。そして、国債の価格下落は家計資産を毀損しますから、豊富な家計資産が政府の債務残高を支えるという構図自体が消滅します。家計資産があるから財政は大丈夫というのは、幻想でしかありません。

 もっとも家計資産が銀行・生保を通じて国債を保有するというメカニズムには、危機の発生確率を抑える働きがあります。だれもがリスクを見ていないので、危機が発生するきっかけがつかめないからです。しかし、その代償として、いったん危機が起きたときのマグニチュードを大きくします。リスク=発生確率×その時の損失額とすれば、結局リスクの総量自体は変わりません。

 さらに重要なことは、国家債務残高は現在も急速に増えており、どんなに楽観的に見積もってもなお数年の間は急速に増え続けるということです。それに比べて家計資産はそんなに増えないでしょうし、むしろ傾向として減っていく可能性が高いと思われます。この点をみても、家計資産が債務を支えるという理屈は論拠薄弱と言わざるをえません。(ここでは話を簡単にするために家計資産だけに言及しています。実際には、法人の資産の動向も重要ですが、議論の枠組みや結論は変わらないのでここでは省略します。また、政府債務は資産を差し引いた純額で見るべきという議論もあり、それはその通りで、正確な議論のためには各経済主体の資産と債務の動向を含めた資金フローの全体像を議論しなければならないのですが、そうしたところで慰められることはほとんどないので、これについても省略します。)

 次に③を見てみましょう。これも①②と同じですね。経常収支を稼いでいる主体はほぼ民間経済主体なので、税金で吸収しない限り債務を減らす減資にはなりません。ですから、経常収支が黒字だから財政破綻は起きないというのは論理が成り立ちません。1998年のロシア破綻を持ち出すまでもなく、経常黒字と財政破綻は本来関係のないものです。

 ただ、経験的には経常収支の赤字国が財政危機に陥りやすいというのもまた事実です。経常収支が赤字の国は海外からの資金に依存しなければならないため、資本逃避や売り浴びせなどに晒されやすく、それが危機のきっかけとなるからです。経常黒字国は、その逆で、危機のきっかけが起きにくいと言えます。ですから、これも日本が今まで財政危機に陥らなかった大きな要因と言えるでしょう。しかし、だからといって将来も危機が起きないとする理由にはなり得ません。とくに貿易収支が赤字化し、経常黒字が大きく減少している現状ではなおさらです。

 結局、①〜③の議論は、ただ「日本では財政危機が起きにくい構造がある」といっているだけで、今後とも危機が起きない理由については何一つ説得力のある説明をしていないことになります。

 

では危機は起きるのか

 以上、「今まで危機が起きなかったからといって、今後も起きないという理由にはならない」ことを見てきましたが、もちろんそれだけでは危機が起きると断定することはできません。

 今まで何度か触れていますが、結局、財政問題を左右するのは信認です。信認があれば危機は回避できるし、信認がなくなればいかなる理由を並べても危機は起きるのです。信認とは、日本がいずれ債務残高の膨張を抑えることができ、そして何年かかろうとも債務残高比率を低下させていくことが出来るという信頼感です。

 日本の財政問題をめぐる議論は、最終的にはこの一点に収れんしてくると思います。

 こうした観点からすると、日本の国民負担率(租税負担率+社会保障負担率)が40%弱とまだまだ低く、増税余力が十分あるので財政破綻は起きないという議論はとても重要だと思います。たしかに、消費税率を17〜8%にまで引き上げれば日本の財政はほぼ均衡します。法人税率の引き下げなど成長促進策を組み合わせることや、社会保障改革に時間がかかることを考慮に入れて20%強の税率が必要としても、欧州諸国などと同レベルになるだけです。机上の議論では、少なくとも財政収支を均衡させて、債務残高比率がこれ以上上昇するのを押さえることは十分に可能です。これに成長促進策や持続的な社会保障改革が加われば、かつてのイギリスのように時間をかけて債務比率を削減していくことができます。

 しかし、消費税率を一気に20%強にまで引き上げるのは景気への影響が大きすぎるため、現実的には段階的に引き上げていくしかないでしょう。問題は、それが本当に実現可能かというところにあります。

 大平内閣の一般消費税、中曽根内閣の売上税はいずれも世論の反発や政治的な反対勢力の抵抗によって頓挫しました。竹下内閣に至って、内閣の崩壊と引き換えにようやく消費税が導入されています。そして、高い支持率を誇った細川内閣の国民福祉税構想がつぶれ、自社さ連立政権(村山内閣と橋本内閣)では2%の税率引き上げが実現したものの、これが橋本内閣の退陣と自社さ連立政権崩壊の要因の一つとなりました。その後、菅内閣で消費税増税構想がつぶれるなど、十数年にわたって税率は1%たりとも上がっていません。

 日本の消費税は、わずかに税率を引き上げることさえ国論を二分し、政局が起き、内閣がいくつも潰れるものなのです。

 議会で法律が通らなければ、政府の徴税能力は絵にかいた餅にすぎません。どんなに素晴らしい技術や製品を持っていても、それを販売して収益にできなければ企業は成り立たないのと同じです。

 現在、野田首相は消費税増税に政治生命をかけると宣言しています。それでも増税を実現できなければ、野田政権は崩壊し、増税余力という財政信認の最後の砦は幻と化します。もちろん、現時点での政治的な情勢をみると分は悪いながら、増税が実現する可能性もないわけではありません。ですが、現在議論されている計5%の増税だけでは財政の均衡は実現せず、日本の債務残高の比率は上昇し続けます。法案成立を実現するために追加増税の道筋が絶たれたり、いたずらに政局の混乱を招いたり、あるいは増税に様々な条件を課せられたりしたら、結局不十分な内容で打ち止めとなってしまう恐れがあります。

 また、財政への信認を維持するためには、段階的かつ十分な消費税増税だけではなく、成長促進策や歳出構造の見直し、そして持続的な社会保障改革も不可欠です。現時点では、こちらについては全く手つかずといっていい状況です。

 そうした状況から見ると、日本政府は財政への信認維持のために必要な施策を何一つ実施できないか、出来たとしても「小さすぎ、遅すぎ」の施策しかとれないと予想するのが妥当だと思います。財政問題の本質は信認であり、それは、結局は一国の政治の危機対応力の問題なのです。

 先ほどイギリスが今の日本よりもはるかに悪い財政状況を乗り切ってきたという話をしました。しかし、イギリスの場合、いずれのケースも財政悪化の原因が戦争という一時的なものであり、構造的に財政収支が赤字だったわけではありません。今の日本の財政赤字は構造的なものです。それにイギリスの場合はそのあと着実な経済成長と緩やかなインフレが続きましたが、日本ではそのめどは立っていません。当時のイギリスの状況を今の日本に当てはめるのは難しいと言わざるを得ません。

 

危機が起きるタイミング

 それでは、日本の政治が問題解決力を示すことができないとして、危機はいつ起きるでしょうか。残念ながら、タイミングまで予想することは不可能です。

 信認は、何か突発的な事象により、ある時突然に崩れ始めます。たとえば、私は以上の議論のように日本の財政問題は危機的状況に向かわざるを得ないと見ていますので、すでに私の中では信認は失われています。こうした認識が市場を動かす大口の投資家たちにどう広まっていくかは、それとは別の議論です。とくに銀行や生保の場合は、分析に基づくというよりも、実際に市場が崩れ始めることによってのみ初めて動き、自分からは引き金を引こうとはしないでしょう。それでは何が最初に市場を崩し始めるのかは、正直分からないのです。

 一番分かりやすいシナリオは、消費税増税法案が廃案となり、外国人投資家が一斉に売りに回るというものです。しかし、もしかしたらそれだけでは銀行などに動揺が広がらず、一気に危機にまで至らないかもしれません。逆に、増税法案が成立しても、その内容によってはじわじわと売りが広がっていく展開になり、それが危機につながるかもしれません。

 経常収支が大幅な黒字の間は危機が起きるきっかけがつかめないとみるなら、まだ時間的余裕はかなりありますが、私としては、やはり消費税増税をめぐる議論の行方が一つの大きなターニングポイントになる可能性が高いと見ています。

 

(ちょっと長くなってしまったので、続きは次回とします。次回は、危機のシナリオやリスク管理上の議論などにフォーカスを当てたいと思います。)

 

2012年5月20日

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