米国大統領選挙

 

 11月の6日に米国の大統領選が行われ、得票率わずか2.7%の差でオバマ大統領が再選されました。事前に予想されていた通りの接戦でしたが、最終的に当落を決める選挙人の数では332対206の差がつき、オバマ大統領としては狙った通りの結果になったと言えます。

 それにしてもオバマ氏への支持は4年前のように熱烈なものではなく、消去法的に選ばれたに過ぎないとの声も聞かれます。ロムニー候補が本来の穏健な保守中道路線を貫いていたならば、選挙に勝つことは十分に可能だったと思われます。しかし、右傾化する共和党の指名を勝ち取るために元々の主張を封印したり、修正したりしなければならず、それが本選挙に大きく悪影響を及ぼしました。

 共和党の指名を勝ち取るためには保守派の主張に迎合しなければならず、しかしそれでは本選挙には勝てない。現在の共和党が抱えるそんなジレンマが浮き彫りになった選挙でした。

 

正確に予測されていたオバマ再選

 

 さて、選挙の直前には「支持率が拮抗している」ことが報じられ、一部メディアでは支持率が並んでいるとか逆転しているとの報道もありました。専門家の中には「投開票してみなければどうなるか分からない」と分析する人たちも大勢いました。

 しかしながら、私はこの選挙はかなり早い段階で決着がついていたと思います。選挙の少し前、知人に選挙結果をどう予想するか聞かれたときも、私は自信を持って「オバマ再選でほぼ決まり」と答えました。

 なぜ私がオバマ再選に自信を持っていたか種明かしをすると、電子予測市場が一貫してオバマ氏の圧倒的優位を示していたのです。その差を見る限り、ロムニー氏が逆転するには、すべてのテレビ討論会でオバマ氏を圧倒するだけでなく、オバマ氏から何らかの致命的な失言を引き出すというようなことが絶対に必要という状況でした。実際の討論会ではロムニー氏も健闘したのですが、決定打を打つことはできず、その時点で「勝負あり」だったわけです。

 では、電子予測市場の予測をそんなに鵜呑みにしてもいいのでしょうか。

 私は、電子予測市場のパイオニアであるアイオワ電子市場(IEM)が始まってから(1988年の大統領選以来)ずっと電子予測市場に注目し、大統領選の度にその市場動向を詳しく見てきました。各種の世論調査を精査し、あらゆる専門家の分析を比較しましたが、その結果もっとも信頼できるのが電子予測市場の動向だったのです。今回の大統領選の結果を見ても、その予測精度の高さには目を見張るものがあります。(添付ファイルをご参照ください。)

IEM価格推移.xlsx

 もちろん電子予測市場にも誤差はあります。ですが、今回のように事前に大きな差がついているような場合は、かなり安心してどちらが勝つかを口にすることが出来ます。

 電子予測市場には、IEMの他にもアイルランドのイントレードなどがあります。このイントレードはきめ細かくいろいろな商品が取引されています。ちなみに「大統領=オバマ」+「上院=民主党」+「下院=共和党」というセット商品もあり、こちらも高い確率で取引されていましたが、やはりその通りの結果となりました。

 このイントレードにはかつて「サダム・フセインが逮捕される」という商品が取引されていて、その商品の価格が急上昇した数日後に本当にフセインが逮捕されたという事例もあります。(ただし、オサマ・ビン・ラディンに関しても同様に取引されていましたが、こちらはそのような先見性を示すことはありませんでした。)

 いずれにしても、市場が高い予測能力を持つことは確かなようです。ではなぜ、市場にはバブルのような愚かしい事象が起きるのかということを少し考えていきたいのですが、その前に「なぜ市場は高い予測能力を持つのか」という点を見ていきたいと思います。(すでに拙著「ランダムウォーク&行動ファイナンス理論のすべて」で触れている内容なのですが、今回はさらに議論を先に進めたいので、とりあえずもう一度まとめておきます。)

 

なぜ予測市場は予測能力が高いのか

 

 電子予測市場がどんな世論調査よりも信頼できるというからくりの一つは米国大統領選の仕組にあります。

 米国の大統領選では、各州に割り当てられた選挙人を一人でも多く獲得した候補者が勝ちます。選挙人がどちらの候補者に投票するかは各州での得票によって決まるのですが、多くの州では勝者総取り(ウィナー・テークス・オール)方式を採用しています。

 つまり、大統領を決めるのは、得票総数ではなく、選挙人の多い重要州で相手を上回れるかどうかなのです。

 また、民主党と共和党のどちらが優位かあらかじめ明確な州が多くあります。ニューヨークやカリフォルニアでは民主党優位、テキサスやジョージアなどでは共和党が優位です。この地力では両党に大きな差はありません。したがって選挙の行方を左右するのは、スイング・ステートと呼ばれる、どちらにでも転ぶ可能性のあるいくつかの激戦州なのです。これら5〜7の激戦州を、たとえわずかな差でもより多く抑えた方の勝ちです。

 最終的には全国の総得票率が低い方が当選するということが頻繁に起こるわけではない(※)のですが、こうした仕組になっているため、大統領選では、州単位での的確な情勢分析と、それに合わせた効率的な選挙戦略が勝負の決め手になります。

 このような仕組を持っているため、米国大統領選では、単純な全国レベルでの支持率の動向は、勝敗を予想するのにあまり役には立ちません。

 大統領選の行方を予想するためには、民主党優位州・共和党優位州・激戦州という各州の色分け、州単位での支持率の動向分析、それをもとにした選挙人数の予測、そしてそうした選挙情勢に対して各陣営が適切な戦略で効果的なキャンペーンをしているかという様々な側面を詳しく見ていく必要があります。

 このような複雑な分析が必要となる大統領選の行方に関して、世論調査はあまり多くのことを語ってはくれません。そうした世論調査をただ追いかけるだけの分析も説得力を持ち得ません。それに世論調査には、そもそも情報の精度という問題が付きまといます。

 世論調査では、もうすでに投票先を決めていて、雨が降っても雪が降っても必ずその候補者に投票しに行くという人もいれば、なんとなく「今日の気分はA候補かな」くらいの気持ちの人や、実際には投票に行かない人の回答も含まれます。世論調査によっては、投票に行くかどうかということも併せて聞いているケースもありますが、基本的には確度の高い情報と確度の低い情報が混じってしまっていて、どうしても全体の情報の精度は粗くなってしまうのです。

 専門家の分析も必ずしも当てになりません。専門家といいながら、先ほど述べたようなきめ細かな分析をしている人ばかりではありません。マスコミの情報では、コメントを発する人がそこまできめ細かい分析をして言っているのかどうか分かりませんし、おそらくはそうした分析に基づかない情報があふれかえっているものと思います。

 また、分析に基づいた予測であっても、特定の個人の予測にはどうしても偏り(バイアス)が発生します。どんなに優れた専門家でも、その人特有の型、あるいは思考や分析のパターンがあります。選挙の予測の場合だと、その人の政治的な思想背景が微妙に予測に影響することもあるでしょう(これはパルチザン・バイアスと呼ばれます)。

 いずれにしろ専門家の予測は、精度が高いものから低いものまでいろいろあり、そして分析者個人のバイアスを含んでいます。そのなかから結果として当たる予測も出てくるでしょうが、事前にどの予測が的中するかを知るすべはまずありません。

 では、いくつかのタイプのすぐれた専門家をあつめて予測をさせるというのはどうでしょうか。これは、一般的に広く推奨されるやり方です。タイプの異なる優れた専門家を集めれば、個人のバイアスは薄められるかもしれません。異なる視点を持ち込むことで、より精度の高い分析も可能になるでしょう。

 こうした試みが大成功を収めるケースは少なくありません。しかし、いつも成功するともいえません。優秀な専門家を集めても、結局それぞれが我を張るばかりで建設的な議論にならないことはよくありますし、派閥などが作られて特定の意見がごり押しされるかもしれません。逆に対立を避けるために安易な妥協が図られ、足して二で割ったような結論が導かれることもあります。

 優れた専門家集団を有効に機能させるためには、様々な条件、とくに卓越したプロジェクト・マネージメントが欠かせないのです。

※直近では2000年に総得票数がゴア候補より少なかったブッシュ候補が勝っています。同じような事例は、それ以前には19世紀末にまでさかのぼります。)

 

市場のメカニズム

 

 これに対して、市場はとてもシンプルです。精度の高い情報を持っている人もそうでない人も市場には参加しますが、精度の高い情報を持っている人はそれだけ自信を持って市場に参加できます。精度の高い情報を持っていない参加者が明らかにおかしな価格を提示する場合、精度の高い情報を持っている参加者にとってはそれが大きな取引機会となりますので、そうした精度の低い情報は少しずつ淘汰されていきます。

 各人のもつバイアスも、様々なバイアスを持つ人が参加することで全体として薄まっていきます。意見の対立は、価格という一点に集約されますので、議論がまとまらないというような弊害もありません。そしてそれらの意見の優劣は、派閥だとか専門家の肩書だとかには左右されず、市場参加者の行動パターンによってのみきまります。精度の高い分析をし、自分の分析に強い自信を持つ参加者はそれだけ断固とした行動を市場で取るでしょうから、それだけ価格形成に大きく影響を与えます。

 市場では、取引の結果としての価格というたった一つのパラメーターに、市場に持ち込まれたすべての情報が集約されます。そして、その集約された結果としての価格が不満ならばまた新たな取引が生まれ、少しずつ価格が修正されていきます。このシンプルで柔軟なメカニズムが、玉石混交のおびただしい量の情報を見事に一つの価格にまとめ上げていくのです。

 特に重要なことは、市場への参加は、利益をもたらしたり、ペナルティーを与えたりするということです。予測を間違えればペナルティーを科されるため、市場の参加者は出来るだけ精度の高い情報を集めようとし、出来るだけ自分の政治信条やバイアスにとらわれずに客観的な見方をしようと努めます。会議では自分の肩書や立場を守らなければならない人たちも、市場ではそうしたことに構ってはいられません。口では自信満々に自説を展開する人も、内心の不安があれば市場では断固とした行動はとれません。

 こうした実際の利益とペナルティーの存在が、情報を選別し、異なる意見を集約するという機能を市場に与えているわけです。

 

市場の情報処理機能

 

 市場の持つ不思議な機能の最たるものは、個々の市場の参加者が必ずしも正しい予測をしていなくてもいいという点です。たとえば、「オバマ再選」という取引で、オバマ氏を有利と見るバイアスが強い参加者は80%の価格を妥当だと考えます。一方でロムニー氏を有利と見るバイアスが強い参加者は40%を妥当だとします。両者の人数と確信度が同じくらいなら価格は60%くらいに落ち着くでしょう。前者のグループの方が人数が多く確信度も強ければ価格はもっと高くなります。

 異なるバイアスを持つ参加者がいる場合、それらが混じり合うことでバイアスが打ち消し合い、どの参加者よりも公平で客観的な答えが市場によって導き出されます。

 一人一人の参加者が正しい予測をすることを前提にしているのではなく、中途半端な情報や分析結果しか持たない参加者ばかりであっても市場は一番もっともらしい結果を導き出すのです。もちろん、賢明な投資家が多くなれば、それだけ市場の予測精度も上がることが期待できますが、それは必須の条件ではりません。

 市場価格はあくまでも市場に参加する人たちが持ち込む情報を集約するだけですから、その結果が必ず正しいものになると保証されるわけではありませんが、特定のバイアスがかかった個人の意見よりは優れたものになる確率が高いとはいえるのです。

 もともと電子予測市場の草分けであるIEMは、このような市場の予測機能、言い換えれば情報の集約機能を実証研究するためにアイオワ大学が開設したものです。そして、その実証結果は言うまでもありません。市場の予測能力は、各種の世論調査や、各種の専門家の分析よりも、精度が高いのです。

 こうした実証結果を踏まえると、市場は人々の持つ情報や分析、そしてそれに対する人々の信念を最も効率よく集約する仕組である、ということは明らかだと思います。

 

 それでは、市場はいつも正しいのでしょうか。ここからが本題なのですが、ちょっと前置きが長くなってしまったので、回を分けて続けていきたいと思います。

 

2012.11.12

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